当院の医療理念

地域に根ざしたおもいやりのある医療を提供します。

患者様ひとりひとりに親身になって耳を傾けます。

いつでも安心できるよりよい医療を目指します。

パーパス(当院が社会に存在している理由)
クリニックが患者様のオアシスになるような場所を提供します。

ミッション(当院が社会で実現させたいこと)
安心とおもいやりのある医療を提供することでより明るく楽しい社会を創ること。

ビジョン(当院がミッションを実現したときの状態)
世の中がより幸せに満ちた社会となること。

院長 窪田徹也 Tetsuya Kubota

プロフィール(経歴など)

昭和53年 6月生まれ
平成9年 私立芝高等学校卒業
平成15年 獨協医科大学卒業
その後 千葉医療センター、成田赤十字病院で研修

平成20年 国保松戸市立病院 泌尿器科 医員
平成21年 千葉西総合病院 泌尿器科 医員
平成23年 同上 医長
平成27年 同上 部長(その後現在も非常勤勤務)
平成29年 くぼたクリニック松戸五香 開設

所属学会など

  • ・日本泌尿器科学会 専門医 指導医
  • ・日本医師会認定 産業医
  • ・日本プライマリケア連合学会 会員
  • ・日本透析学会 正会員
  • ・Da Vinci 手術 認定医
  • ・日本旅行学会 認定医

当院について

皆さん こんにちは。この度は当院のホームページをご覧いただき誠にありがとうございます。くぼたクリニック松戸五香院長の窪田です。

当院では、

世の中が幸せに満ちた社会になること

というビジョン(目指す方向性)を叶えるために

  • 1.地域に根差したおもいやりのある医療を提供します
  • 2.患者様ひとりひとりに親身になって耳を傾けます
  • 3.いつでも安心できるよりよい医療を目指します

というミッション(理念)を掲げ、地域に根差したおもいやりの医療を提供することでより社会が明るくなることを目指してスタッフ一同頑張っています。医療を通じて地域が明るくなり、そして世の中が明るくなるような医療ができればと思っておりますので今後ともご指導よろしくお願いいたします。

院長 窪田徹矢をさらに詳しく知りたいあなたへ

相撲取りと間違えられた!幼児時代

私は東京都の下町小岩で2人兄弟の次男として1978年に生まれました。

体重も3,800gと丸々太った男の子でした。なんと2歳まで母乳を飲み続け、体重が20kgあってみんなから将来は相撲取りだね!といわれていました。

3歳から水泳をはじめ体重は20キロをキープする形でしたが身長も大きく成長し、幼稚園のときもいつも外に出て明朗快活な男の子でした。

クラスの人気者だった小学校時代

小学校は千葉県市川市にある日の出学園小学校に入学してからも、人を喜ばせるのが好きな性格で、あだ名は「てっちゃん」でした。人前に立ってダンスをしたり、歌を歌ったりするのが好きでいつの間にかお笑い芸人になりたい!と本気でおもっていました。それと同時に祖母が薬剤師で、おばあちゃんっ子だった私はいつも家に帰ると「将来はお医者さんになって、人に感謝されるような人間になりなさい」といわれていました。

また私は鼻が悪く鼻炎や蓄膿症などで近くの町医者の先生に通っていましたが、そのお医者さんがとてもいい先生で、将来人に感謝されるような医者になりたいという気持ちが徐々に湧いてきました。

またボーイスカウトなどの活動に積極的に参加して、自立性や協調性、リーダーシップというものを身につける礎となりました。

太って内向的になった中学高校時代

中学受験をして東京の港区にある私立芝中学に入学しました。この学校は中高一貫校で6年間を過ごしました。今からは想像できないといわれますが、運動が大嫌いだった私は、理科部に入部しました。きっかけはここでアインシュタインの存在に出会いました。相対性理論に興味があり、物理学を詳しく学びたいと興味があり入部しました。文化部でしたが、運動部のようにみんなでソフトボールをしたり、研究をしたり発表したりするのは好きで、それは今の学会発表などに生かされていると思います。

しかし運動が得意ではなかったので高校2年生のときは体重が90キロを超えて肥満体でした。性格も内向的になり、友達も少ない状況でした。将来の目標があまり見えてなかったかもしれません。

しかし高校2年のとき祖母が体調を崩し入院、「人を救う職業につきたい」そして祖母は高校3年で亡くなりました、大学受験もすすみ、やはり医師の道をすすもうと志を強く思いました。

楽しく過ごした大学時代

大学は高校から指定校推薦いただきを栃木にある獨協医科大学医学部に入学しました。大学周辺は自然も多く、キャンパスも広かったのでのびのびと過ごせたように思います。

大学は今までの文化部ではなくゴルフ部に所属しました。ゴルフ部入部したきっかけは、父親もゴルフが趣味だったことや将来的にもずっと長く楽しめるスポーツだと思ったことです。今は勤務が忙しくなかなかプレーする機会はありませんがうちの大学のなかでも最も人数が多い部活でしたのでみんなでワキアイアイでとても楽しい部活でした。一番大学で盛り上がったのはゴルフ部の大会もありましたが、学園祭の司会をしたり、部活対抗の出し物があり、歌やダンスを企画し常に1位となりました。そのような企画力や司会などの経験も今の講演やテレビなどでも生かされているかなと思います。

大学5年生のときに、各専門科目の病棟研修がありました。そのときに研修をした科目で一番印象に残ったのが泌尿器科です。

将来進む科目としては手術に興味がありましたので外科系にしようと思っていました。しかし通常手術をしない内科、手術をする科目は外科となり、患者さんの病気の状態に応じて科目が変わることに違和感がありました。

泌尿器科であれば内科的なことも外科的なこともあり診断から治療まで一貫として患者さんをみることができるといった点が魅力でした。

さらに内科の先生は医師の40%といわれていますが、泌尿器科はわずか2%しかいません。なので病棟研修のときも実習にきたのは100人の生徒で2名だけ、泌尿器科は必修ではないので、病棟研修でいくと大歓迎されました。そのおかげで大学5年生の成績もクラスで3位になりました。

大学5年生のときにアメリカのボルチモアにあるジョーンズホプキンス大学に夏休みを利用して海外研修にいきました。海外の大学での学びにふれると、日本のように授業を受動的に聴いているのではなくみなさんが積極的に質問しとても活気あふれる講義にワクワクしました。

またある日程でアメリカのクリニックでの研修もさせていただきました。そこは貧困層の方がいくクリニックでした・アメリカには日本のような国民皆保険制度はなく、お金がない人たちが診察にきても満足できる治療ができないという現実がありました。私はそのとき決意しました。みなさんが平等に質が高い治療ができる日本だからこそ、地域の中でみなさんのかかりつけ医になって社会に貢献したいと決意しました。

素晴らしい財産となった浪人時代

大学5年の成績から受験勉強を怠っていた私は残念ながら大学6年のときに医師国家試験に不合格になりました。いわゆる浪人生活です。このときは人生でどん底だったと思います。大学もありがたく推薦入学した私でしたが、このまま医師になれなかったどうしよう。私立の医学部の学費をすべてどぶに捨てるようなものだと思い、正直目の前が真っ暗になりました。

その後私は専門の予備校に通いました。そして来年こそ国家試験に受かると固く決意し猛勉強をしました。そのとき一緒に学んだ予備校の仲間は友に闘った戦友として今でも仲良くさせていただいています。

翌年無事に国家試験を合格し医師になりましたが、今振り返ってみると、このような経験を与えてくださったからこそ、医師になってもおごらず、感謝の気持ちを忘れない医師になろう。そしてアメリカのクリニックで診察していた先生のように地域社会に貢献できるような医師になろうとより決意した礎になったように思います。

手術に明け暮れた勤務医時代

そしてまず2年間は千葉県千葉市にある千葉医療センターで研修医となりました。この病院は千葉市にある中核病院でさまざまな患者様がいらっしゃいました。研修医は週3回以上当直をして、臨床医として様々な研修をしました。そして泌尿器科を志望して3年目に千葉県成田市にある成田赤十字病院に泌尿器科の後期研修医として勤務しました。ここでは泌尿器科に基礎的なことだけでなく、3時救急の病院での救急業務も学びました。

そして医師5年目に千葉県松戸市にある松戸市立病院に入職しました。松戸市にある中核病院で1年間常勤として勤務させていただき10年以上経って今も松戸市立医療センター内の小児急病センターで診療させていただいており深い縁を感じています。

そして6年目に千葉西総合病院で勤務しました。泌尿器科の症例数は地域でも有数で年間1,000件と大学病院以上の症例の手術をしていました。さらに徳洲会病院として月1回離島医療に行き土日を使って、泌尿器科の診療や手術を約5年間徳之島徳洲会病院で勤務しました。

平成27年にはロボット支援手術「ダヴィンチ」を導入し手術を第一線でしていました。手術をして患者さんがよくなることはとても嬉しいしやりがいのある仕事でした。しかしそれは患者さんをみているのではなくいつの間にか疾患をみているようなことになっていました。我に返ると自分は何のために医師になったんだろうと振り返るようになりました。

私が医師になった目的は患者さん自身ひとりひとりに親身になって、おもいやりのある医療をすること。そして患者さんだけでなく、社会全体が幸せになることだと気づきました。手術ばかりしていた人間が開業医を目指すことは周囲の人にもとても驚かれました。患者さんにもあんなに手術していたのにもったいないよねと言われることもありますが、私は開業医として本当に幸せな毎日です。

開業するといって大変な時期にもかかわらず応援していただいた部長先生には本当に感謝しております。開業する前から内科や皮膚科、外科、アレルギー科と幅広く診察しているクリニックで約2年間診察させていただいたことで、泌尿器科だけでなく様々な疾患を診察できるようになったことも開業を後押ししました。

振り返ってみると、幼少時からここまで様々な出会いがあり、人とのご縁、出会いによって、生かされている今の自分があることに気づき感謝の気持ちでいっぱいです。

また、どうして自分自身が、泌尿器科内科皮膚科の開業医を目指すようになったのか改めて初心を思い出しました。

これまで多くの方に支えていただき勉強してきた中で得られた知識経験を地域の皆さんにしっかりと還元できるようスタッフの皆さんと力合わせて頑張っていきたいと思います。

当院のミッション(理念)は、

  • 1.地域に根差したおもいやりのある医療を提供します
  • 2.患者様ひとりひとりに親身になって耳を傾けます
  • 3.いつでも安心できるよりよい医療を目指します

です。

自己紹介が長くなりましたが、人生において、いついかなるときも目的と目標を持つことが本当に大切だと感じています。

明確な目的と目標をもち、ともにクリニック作りをしていただける方には、成長できる場所を用意して一緒にがんばっていきたいと思っています。

ミッションを果たしていくためには、志を共にする仲間が必要です。共感していただける方はぜひ当院にご応募いただければうれしいです。

ここまでお読みいただきありがとうございました。皆様とお会いできることを楽しみにしております。

河村 麻佑 先生(木曜日午前)

ごあいさつ

2021年7月より勤務することになりました。

皮膚でお困りのことがございましたらご相談下さい。

よろしくお願いします。

江口 令 先生(月曜日午後)

ごあいさつ

7月より月曜日の午後に皮膚科診療をすることになりました江口です。

気がるに相談して下さい。

  • 地域のファミリー
    クリニック
    当院だけで内科、皮膚科、泌尿器科などの充実した診療をお受け頂くことが可能なため、地域のかかりつけ医として、ご家族皆様で通院していただけます。
  • 総合病院との
    密接な医療連携
    入院などが必要な場合は近くの千葉西総合病院や松戸市立総合医療センター(旧松戸市立病院)などに速やかに紹介させていただくことも可能です。
  • 泌尿器科
    小手術が可能
    包茎手術、尿道ステント留置術などの泌尿器科小手術が可能です。最新の医療設備のもと、泌尿器科専門医による安心の診療をご提供いたします。
  • 日帰り前立腺生検が
    できます
    前立腺生検では、前立腺癌の有無の診断のみならず、悪性度と大きさを正確に評価することが可能です。
  • 通院困難な方は
    遠隔診療
    パソコンやスマホを使って、ビデオチャットで診察を受ける事が出来る、通院が困難な方のための診療サービスです。